6.慎重、かつ大胆に

6.慎重、かつ大胆に

— 小説は断念とのことですが、その後に本を2冊出版されていますよね。

山本:最初はまったくダメだったんですよ。

博士号取得の後に、研究テーマとした
「産学官連携のコミュニケーション」で本を、と狙っていたのですが。
博士研究の一方で、出版社の編集者の知り合いを増やし、期待していたのですけれど。
 
近年は、出版業界もビジネスが厳しくなる一方で。
相談のメールを1本、出しただけで即、不可の返事が来るありさまでした。

社内の出版局にも「このテーマでは売れない」って断られました。

  

— 本を出したい人は多いと思うのですが、出版社に受けてもらうのは簡単でないんですね。

山本:「私の企画が悪いというより、出版不況のためだ。仕方がない」と開き直って、しばらく放っておきました。

その後、うちの新聞の読書欄で新刊書の著者インタビュー記事を書いたことをきっかけに、先の編集者の一人が声をかけてきまました。

「この本は私が担当したのですよ。お礼方々、情報交換しませんか」と。

  

— 敗者復活、ですね。

山本:会ってアイデアを出し合ううちに、本の内容を
「科学技術全般のコミュニケーションに広げれば、いけそうだ」となって。

前回は、各出版社や編集者のタイミングがよくなかった、とか、そういうこともあるんだろうと思い直しました。

こうして「研究費が増やせるメディア活用術」という初著書を、丸善出版から出すことができました。

2冊目は「理系のための就活ガイド」。

どちらも技術を核にもつ理系人の活動を、後押しするためのノウハウ本です。大学の非常勤講師でもこの内容を、若い人に伝授しています。

  

— 新聞記者が書く書籍って、どんな感じなんですか?

山本:朝日新聞や読売新聞など、一般紙の科学技術記者の場合、
「科学ジャーナリズムとは」といったものを好むようです。

高尚で、少し学術的で、読む人が限られているテーマです。

私が意識したのは、
「科学でなく技術」
「高尚なものでなくて、使えるノウハウ」。

理系の専門家に対して、
「こうやったらあなたの研究の、あなた自身の、よさを一般に広く伝えられますよ」っていう内容です。

前に「OJTじゃなくてマニュアル化すればいいのに」
っていいましたが、ノウハウとかマニュアルとかは、
どんどんそろえて大勢が活用すればいい。

基本的なやり方がわからないために、損をしていちゃもったいないから。そのうえで、その人独自の創造的なことに取り組む。

その方が社会にとって、よりよいものが生み出せると思うんです。

  

— 何れの活動も、最初からダメってしないで、とりあえずはチャレンジしてみる姿勢は貫いていますよね。

山本:実はどの挑戦も、背水の陣とはしていないんですよ。

今の仕事をキープしながら、トライしているんです。試した方がとてもいいとわかればキャリアチェンジをしてもいい。

元の仕事や生活を続けるにしても、一段上の質をつくりだせてるようになる、と考えていました。
 
「慎重かつ大胆に」って姿勢が重要だと思うんですよ。

慎重なだけじゃ、いつまでも変われない。大胆なだけでは、時に大失敗をしてしまうから。

  

— 女性って結構、過去をスパッと切って「新しい世界へ」っていう傾向がある、といわれますけど。

山本:確かにそうですね。

悩みを周囲に話すことなく、いきなり退職しちゃうとか。思い切りよく、ぱっと留学しちゃうとか。
 
そういえば過去の恋愛の扱い方でも、男女の違いがあるっていいますね。

パソコンのファイル保存になぞらえて、
男性は「名付けて保存」で、過去の思い出を大切にとっておく。
でも女性は「上書き保存」で昔の相手は忘れてしまう、って。

それから、いざという時、
女性は仕事を捨てて家庭に逃げ込むことができる、
という考えもあるでしょう。

心身に不調をきたすほど苦しい時には、確かに「別の選択肢がある」というのは救いになる。

でも、もう少しがんばるべきところで、逃げてしまうという危険性を持ち合わせてもいる。

  

— そちらに行かなかったのは何か理由があるんですか?

山本:どうでしょうね。
仕事を辞めるということは考えませんでしたが…。
育った家庭は会社員の父と、専業主婦の母という形でしたから、
「時代」なんでしょうかね。

均等法の直後に社会へ出て、
「女性もこれから、生き生きと働けるようになる」
と思える社会環境ではありました。

だから「仕事は、自分をつくっていくものだ」という考えは強く持っていた。

でも一番は、
新聞記者がおもしろい、
自分に合っていると思ったから、
手放す気にならなかったということかな。

もし社会に出たての時の仕事が辛かったら、どうなっていたかわからない。

  

— キャリア初期の経験って大切ですね。仕事が楽しいものだと知る意味でも。

山本:年長女性でよい仕事をしている人は皆、
「紆余曲折を経て、途中の大変さもすべて自分の糧にできた人」
だと感じます。

仕事への意識が、男性のように単純ではない。
だからこそ深く考えて、自分に合った形を築くことができるんじゃないかな。

仕事だけでなく、プライベートでもそうで、
辛いことを乗り越えて来たことが、今の自信につながっている。

キャリアってそうやって構築していくものだと思います。

  

— こういった視点が、今のポジションやキャリアを作っているベースにあるんですね。

山本:わたしのポジションは管理職ではないんですよ。

論説委員というのは、記者職の中の上級職ではあるのですが。独立してビジネスをしている人や、芸術家と似ている面があるかもしれません。

一般に企業における成功って、
大勢の部下を持ち、
予算や決定権があり、
給与が高いということをイメージするでしょう。

その意味で成功しているかどうか、にこだわる必要は、ないと思うんです。

「これは社会にとって絶対に重要だ」
ということを仕事で採り上げられるかどうか。

その意味で、重要な仕事をしているという誇りは強く持っています。

   

   

episode7
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