7.スペシャリストでゼネラリスト

7.スペシャリストでゼネラリスト

— マスコミ志望の学生って多いと思うんですけど、学生時代にやっておくといいなって思うことありますか?

山本:そうですね、とりあえず関心と経験、知識を幅広くというのはありますかね。

あっ、そうだ!

  

— 何か思い出しましたか?

山本:昔のマスメディアでは、
「幅広く、専門性などない方がいい」
「とにかく夜中まで働ける奴がいい」といった傾向がありました。 

それが今の時代は、そうでもなくなってきているのではないか、と。

文章を書いて発信することが、メディアのプロでなくても可能になって、注目を集めるひとも出てきていますよね。

  

— ブログとかSNSですよね。

山本:そうです。

その中で「どこにプロの意義があるのか」と考えると、記者の専門性が重要になると思うんです。

例えば専門外の人が気づかない切り口で、解説記事が書けるか、問われてくるのではないでしょうか。

わたしがよく使う言葉として

「スペシャリストでゼネラリスト」というのがあります。

スペシャリストとしての強さを持ちながら、ゼネラリストとしての視点も持っている人が重要だと思うのです。
 
昔は企業の中では、文系のひとがゼネラリストで、コミュニケーション力を発揮して、経営を担う。

理系のひとはスペシャリストで、研究開発に専念していればよく、コミュニケーション力は問わない、といった具合だった。

今は違います。両方持っているひとが求められている。

そのことは学生にも、若手の社会人にも意識してほしいですね。

  

— お話全体の印象として、チャレンジはする気質は持っているし、実際に挑戦しているけれど、ベースのところは慎重に、それがあるから今があるような気がしました。

山本:そうですね。

自分の弱みを、体力がないことを含めてよく自覚しているからだでしょう。

強いひとだとガンガンやって大きく転けても、すぐ立ち直れる。一方で、弱いひとは弱い人なりにやらなきゃいけないということで、慎重な部分を持っているんだと思います。

でも弱いひとは「もうだめ」といいながら長生きする、みたいなしぶとさも持ちうるんじゃないかな。

  

— 若いうちから自覚を持っていた感じなんですね。

山本:東京工業大学の大学院に入って、男子学生は徹夜で実験するけれど、自分には無理だと思った、っていうのはありますね。

  

— 男性ばかりの環境にいると溶け込まなきゃ、同じように馴染まなきゃって行動に出てしまいがちな気もしますが。

  
山本:たしかに「多数派である男性の仲間に入れてもらわなくちゃ」っていう意識は、大学院進学やメディア就職のときにはありました。

でも、私は性格的にもさほど強くないし、同じにはできない、とわりと早く悟りました。

「馴染まなきゃ」って意識は、自信がないからでしょう。若い頃は仕様がないかもしれない。

年齢が上がってキャリアを積んでいくと、
「別に一緒でなくていいんじゃない」という余裕がでてくる。

キャリアを積んで自信を付けてからの方が、育休や時短勤務をしやすいのも、同じことかと。

あと、学部がお茶の水女子大で、女子大だったのも大きいと思うんですよ。

  

— 共学化が進む傾向の時代になぜ、女子大なんですか。

山本:高校は共学でしたが、理系で男性が多勢という環境でした。

クラスで何かをするといったら、男子がリードするのが当たり前。何も変に思いませんでした。

ちょっと関心ある事柄に対しても、男子の動き見てから参加を決める、という具合で。

伝統的な社会ではそういう女性は少なくないはず。

でも女子大だと、気にする相手となる男子がいない。「じゃあ、私が委員長やろうかな」って、躊躇なく手を挙げられる。

レポートで困っていたら助けてくれるとか、
実験の重いボンベを運んでくれるとか、そういう男性がいない。

全部、女性がする。

教授クラスも今は、男女半々だそうです。

性別を考えないですむ環境だからこそ、自分らしさを自然に発揮できるようになるんだと思います。

  

— 学生でも若手社員でも、女性の方が男性より元気があって優秀だ、ってよくいわれますけれど。

山本:複数の層があるんでしょう。

一つは、男性との競争に何ら問題のないアグレッシブな女性のグループ。

昔から大学、官僚、メディア、国際機関などに、ごく少数だけどいました。

でも自信家が多い男性と比べ、女性は心配性で
「私なんてだめだ」って思いがちだといわれます。

私自身もそうです。

「大丈夫、大丈夫。これまでのいくつもの壁を乗り越えてきたのだから。自信を持って」って、いつも自分に言い聞かせているんですから。

ほおっておいてもやっていける層以外の女性は、女性だけの環境に置かれることで、

「私にだって、できる」
「周囲の意見は参考にはするけれど、自分で決めるんだ」

という主体性が育まれるんじゃないかな。

女性の活躍推進は、トップ層を厚くすることと、
すでに厚みがあるだけに大いに成長してほしいこの層と、両方なのです。

  

— 「みんなと一緒でなくては」って焦って縛られている意識を

「自分の個性は何なのか、強みは何か」という方向に向けることが大事なんですね。

山本:それがわかれば、自分に価値があると気づけば、自信を持ってほかとは違う形での仕事ができる。
 
それは生来の能力だけによらなくて、作っていけるものなんですよね。

キャリアを積むというのは、今の力を掘り下げたり、新たな挑戦をしたりして、自らの社会に対する価値を高めていくことなんでしょう。

  

— なにか最後に言葉、メッセージいただけますか?

山本:さっきのあれがいいですね。

「スペシャリストでゼネラリスト」。

これ、わたしは入社した時の、新入社員紹介の冊子で口にしているんですよ。

研究職は自分にはできない、という学生の時のショックから、そう考えたんでしょうね。

大学院時代の同級生はほとんど皆、研究職でスペシャリストになった。
一方で新聞社はゼネラリスト志向。
だから、その両方を、と。

一昔前はどちら一方が強ければよかったけど、今は多くのひとでこの2つが必要とされている。

両方の視点を持つ人こそが、社会をより豊かにしていけるのではないかと思っています。

  

— 新入社員の時に、その意識があって言葉にしていたんですね。今日は、いろいろお話を伺えて楽しかったです。ありがとうございました。

   

   

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