3. 「夜回り」って何ですか?

3.「夜回り」って何ですか?

— 20代のころに失敗した経験とか、今考えると大変だった事ってありますか?

山本:大変だった経験ですか…。

 駆け出し記者のころは、「こんな記事を書いてはいけない」とか、「こういう表現では取材先からクレームがくる」ということがわかっていない。プラスの事例を日々、吸収することに頭がいっぱいで、マイナスの事例を知らないまま。そのために危ないことがありました。

— 例えばどんなことでしょうか。

山本:ある時、某企業の製品安全性の研究について、学会発表に基づいて取材に行き、素直に執筆しました。したつもり、でした。

 ですが、私の表現では、その社が、安全性に問題のある製品を販売し続けているように見えてしまう、と指摘されました。

 また、記事にするタイミングが遅くなると、取材時とは状況が変わってしまうということも、いわれるまで気づきませんでした。大学や公的研究機関の取材に比べて、企業の取材の時はこのあたりに注意が必要です。

— 大学の取材では感じることがなかったものなんですね。

山本:大学の研究成果の記事は基本、明るい内容でしょう。

 「◯◯を開発しました! 将来、△△が可能になる期待が持てそうです」という具合で。企業間の競争とも離れているし、社会部記者が扱うような関係者が対立する内容もあまりないので、クレームがくるなんて考えたことがなかったんですよ。

 この手の右往左往はみんな一つや二つはあるでしょう。もちろんトラブルばかりでは問題ですが。先輩や上司に相談しながら体験して、OJTで身につけていく。その側面が強い業界ですね。

— 記者のキャリアパスってどんなイメージなんですか?

山本:一般的に記者の担当は3年くらいかな。一般紙だともっと早くて2年とか。半年というケースもある。

 異動まで短いのは、昔ながらのジャーナリスト育成としての考え方によるんですね。広く浅く。その分野でのスペシャリストではなく「ゼネラリスト」を志向するから。

 わたしの場合、入社して6年間は、研究成果の取材で主に大学関係を担当して、会社の担当になったのが20代終わりの方。業界は化学と、食品でした。ビジネスの業界担当は社として重要だったので、希望して移りました。

— 取材の仕方も変わったんですか?

山本:もちろんですよ。大手企業の取材がメインだから、他メディアとの競争も激しくて。

 象徴的なのは「夜回り」でしょう。

 公式の席では聞けないことを夜、社長らの自宅に行って聞く、それを夜回りっていうんですけど。昼間の取材では聞けないけど、周りに関係者がいなければ、「まあ、こういう感じなんだよね」と話してくれることがある。それを期待して行く。

複数の幹部から聞き集めれば、その状況から記事にできるので。

— 「ピンポーン」って自宅に行くんですか?

山本:そう。「社長、ご在宅でしょうか?」って。で、まだ帰ってないって言われたら、しばらく家の前で待ってみる。でも、居留守を使われることもある。

 行って会えないのを「空振り」って言うんですけど、「しょうがない、また明日やってみるか」と思って帰宅。その翌朝、ポストの前で「◯◯新聞に出てる!」と頭に血が上ることもある。

— 本当にあるんですね、そういうのって。

山本:今も、担当記者は大物案件で夜回り、もしくは早朝に自宅へ向かう「朝駆け」をやっていますよ。スクープの快感を想像しながら。

 新聞記者の面白さのうち、もっとも他ではできないことって考えると、これかもしれない。非日常でどきどき、わくわくする。だから、夜回り大好きの記者もいます。

— そういう取材は最初にどうやるんですか? それもOJTですか?

山本:OJTです。先輩にくっついて行って、やり方を見て、自分で考えるようになっていく。

 緊張するし、疲れるし、「やりたくない」っていう気持ちも強い。スクープなんて、できない可能性の方が圧倒的に高いし。

でも若い頃は「大変な仕事はやらない」って選択肢はない。「これはやらなきゃいけないことだ」っていう感じで引き受けるでしょう。新聞記者だからがんばらなくちゃ、と思って、行っていた。

 でも、まあ落ち着かないですよね。人によって向き不向きも強く出るでしょうね。年長になると、そんなパワーもなくなってくるし。

— 誰もが通る道でもあるんですね。

山本:思うんですよ。

「記者のいろはを、もっとマニュアル化すればいいのに」、「専門技術の教科書みたいに、文書で示されていれば助けになるのに」って。

— マニュアルって存在していない業界なんですか?

山本:現場で個々に作成するものはあったとしても、組織的なものは、用語集くらいしかないでしょう。

 そういうことはしない業界ですね。それより「とにかく現場に行って、話を聞いて、とりあえず原稿を出してみろ。その中で学んでいけ」みたいな。身に付けていくノウハウを含め、やり方は各人によってけっこう違う。

 メディアも会社組織だけど、普通の会社に比べて、個々の活動や判断を重視する面が大きいと思います。

— いまITがこれだけ一般的になって、属人的に情報を囲う時代から、共有することに価値を置く時代に変わってきた気がするんですけど。

山本:私もそう思います。

 昔、マスメディアや記者は、社会的な評価がすごく高い特権階級だったんですね。要人に会えて、貴重な情報にアクセスできて、その中から選別して社会に発信できるというのは数少ないメディア人のみ。ウェブがなかった時代、どの家庭も新聞を購読していて、通勤電車で相当数の人が新聞を広げていた。

 逆の立場で言うと、社会にアピールするには、「メディアに採り上げてもらう以外の方法はなかった」状態で。

 記者に希少価値があって、やりがいがあるから、優秀な人材が集まる。中には著名になって、フリーのジャーナリストとして独立する人もいる。そんなことから個人主義も強かったのでしょう。

— ウェブで大きく変わったんですね。

山本:あらゆる業界がウェブが激しく変わって、マスメディアはとくに大変です。新聞を読む習慣が激減しているから。新聞の権威より、電子メディアの口コミ情報の方が頼りにされている面がある。

 ウェブを使って、記者と同様の仕事をする人が格段に増えたわけでしょう。だからOJTでノウハウを囲い込むのでなく、共通化した方がスムーズにいく部分があるんじゃないかな。その中で差別化を図らなくてはいけない、そういう難しい時代になっていると思います。



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